海のない海軍から思うこと

小説家の中には、かつて軍隊に所属していた人がおりますね。その体験にもとづいた作品は、そのリアリティが胸にグサリと突き刺さります。
ところで世界には、不思議な形態を持つ軍隊があります。南アメリカの、ボリビアという国の海軍がそうです。ボリビア自体は完全な内陸国で、海がありません。スペインの植民地だった時代には海があったのですが、隣国のチリと国境地帯の領有権を争って破れた結果、内陸国になってしまったという経緯のようです。
そして彼らは、海を失った後でも海軍を解体しませんでした。海で訓練することができないので、所属軍人たちはチチカカ湖やアマゾン川の支流で訓練しているのだとか。もちろんちゃんと活動していて、密輸や麻薬取引を防ぐため、日夜パトロールに励んでいるそうです。
もしこの奇妙な海軍から小説家が生まれたとしたら?海のない海軍での体験から、どんな小説が生まれるのか?不謹慎ではありますが、もし将来的にそのような小説が誕生したなら、読んでみたいと思ってしまいました。戦争を直接体験したことがない世代ならではの感覚なのかもしれませんね。今後の世界情勢次第では、そんなのんきなことも言っていられなくなるのかもしれませんが……。

それは多分、古代から続く防衛本能。ブランケットのぬくみ。

人間の本能として、背中ががら空きだと不安を感じる、というものがあるそうです。人間の目は顔に付いてますから、後ろは確認できませんよね。仕方なく振り向いて確認するとなると、今度は前が無防備になるというわけで。電車のロングシートで隅の席が埋まりやすかったり、待ち合わせ場所で壁を背にして立つのが当たり前だったり、異性に背中を抱いてもらうと安心する、というのはそういう本能に基づいているというわけですね。……異性に背中を抱いてもらうと安心するって、異性を盾にして安心してると思えなくもないですが。笑。まあそんなことはともかく。私も本能に忠実に、背中に何か支えがあると安心するタイプです。膝かけがあるとなおいいですね。本を読むときの必須アイテムです。夏はさらりとしたものを、冬はふかふかのあったかいものを。膝に何か掛かってると安心するんですよね。こたつも大好きです。案外これも人間の本能に基づいてるんじゃないの、と思わなくもなかったり。脚を傷つけられると逃げるのが難しくなりますからね!背中も脚も古代人の生活には大事です!……そんなことを思いながら歴史ものを読んで過ごしていました。

その男、奇抜なれども魅力あり。粘菌と南方熊楠。

粘菌。と聞いて思い浮かぶのはシャーレの中のアレ。昔流行ったケセランバサランみたいなアレ。北海道型の入れ物に入れておくこと、JRの路線図のような形に広がることで有名ですね。迷路を解くこともできるとか。頭いいな、粘菌。もしそこに石川雅之の『もやしもん』の主人公、沢木惣右衛門直保がいたら、粘菌はかわいいキャラクターとなって色々しゃべってくれたんだろうか……。そもそもなんでいきなり粘菌かというと、南方熊楠のエピソードを読んだから。粘菌研究でとても有名な人ですね。論文という形では表に出ていなくても、すばらしい研究結果を残しているのだとか。そしてとても記憶力がよく、破天荒な人だったそうですね。その二つ名は「歩く百科事典」。お金がないのでずっと書店で立ち読みしていたとか。そしてその本の一字一句を違えずに覚えていたとか。書店としては商売上がったりの嫌なやつですね。笑。そしてひどい癇癪持ちで、暴力沙汰を起こすこと数知れず。定職に就いたことはなく、お金を無心していた弟からは絶縁される。しかし友人は多く、無類の猫好き。関連書籍もたくさんあり、小説の登場人物のモデルになってもいるようです。実際に接するとなるとちょっと大変そうな人ですが、かくいう私も何だかもっとこの人のことを深く知りたいような……。ついでに粘菌にも興味が湧いてきたので、飼育キットが手に入るなら手に入れてみようかなと思います。

おいしいお茶でほっこり。カフェ読み小説。

大きなショッピングモールやショッピングセンターだと、書店やカフェが当たり前のようにテナントに入っていますよね。書店の中にカフェが併設されているところも増えてきて、選書のあとはゆっくり休みたい自分としては、ありがたい限りです。特に選書に時間を掛けた日などは、足が痛くて痛くて……カフェの店内が混んでいなければ、さっそく買ったばかりの本を読みます。飲み物や軽食をテーブルにセットし、いざや、とばかりに本を開く瞬間は、まさに至福。お店の迷惑にならないよう、時々周りを見まわしつつ、読みます。お茶はおいしいし、そこらじゅうお茶やお菓子のいい匂いがしているし、椅子の座り心地はいいし、ロマンティックなBGMは気持ちをリラックスさせてくれるしで、もう最高!糖分が足りなくなったら、すぐに追加注文できるのがいいですね。集中力が続きます。ノートパソコンを開いて仕事をしている人や、勉強している人も見かけますね。私と同じように本を読んでいる人も……。そういう人を見かける度、心のなかで同士よ!と叫んでいます。笑。やっぱりカフェの居心地っていいですよね。必要以上に長居しすぎないよう気をつけつつ、活用していきたいと思っています。

聞いたこともない名前の神話を探して

ここ数年、「クトゥルフ神話」という名前を目にします。アニメにもなったライトノベルのキャラクターがその神話を元に作られているとか…私はどっちも見たことも読んだこともないのでわからないのですが、もともと日本の神様の話やケルトもギリシャも神話と名のつくものには興味津々な私なので、まだ私の知らない神話があったなんて!とわくわくして図書館へ行ってみました。神話に関する本ってまとめておいてあることが多いんですが、探しても探しても見つからない…。司書の方にも聞いてみたんですが、年配の方だったにもかかわらず聞いたことがないと…。これは一体全体?とクエスチョンマークを浮かべたまま帰宅しました。
家に帰ってからネットで調べてみると、どうやらこの神話はそもそも創作なんだそうです。ラブクラフトという小説家さんが、お友達の他の作家さんたちと一緒に「こんな神様いたらすごくない!?」「いやいや、俺の作ったこいつの方が最強だから!」という子供みたいなやり取りの中で作り上げたものだというのですから、何ともかわいらしい(笑)でも、登場する神様はかわいらしいとは縁遠いヴィジュアルをされていて、何とも恐ろしい…。いろんなまとめサイトができていましたが、見れば見るほど混乱してしまいました。いろいろ本も出ているそうなので、ネットでお勧めされていたものを探してみようかと思っています。見つかるといいなあ…。

読書に集中できない時はどうしたらよいか?

今目の前にあることに集中できない時ってどうしてもありますよね。どんなに読書が好きでも、他のことが気になってしまって文章が頭に入ってこない…そういう時が時々あります。特に、仕事に行き詰っている時や友達や家族と喧嘩してしまった時、うまく文章をにんしきできなくて、ただ文字の列を目で追っているだけという状態になってしまう事もあります。
そういう時の選択肢は2つ!ひとつはそのままその状態で読み続ける。良いところは、そのうちにパッと頭の中に鮮烈に入ってくる言葉に出会えるという事。本自体は何度読み返しても良いものなので、後日改めて読み返しても良いわけですからとりあえず流して読んでおくというのもとても大切です。悪い点としては、ちゃんと読めている時よりも目が疲れるように感じることでしょうか。
もうひとつは、頭に入っていないな、と思った時点で読むのをやめること。読んでいても頭に入らないということは、今考えるべきことや考えたい事があるという事なのです。集中できない時はあきらめて、集中すべきことに力を注いであげるという事も必要です。スッキリした状態で読んだ方が、物語を楽しむこともできますし、内容もしっかり理解できますからね。でも、問題がすぐに解決しないものの場合はこの方法をとると苦しいばかりになってしまうので、悩みの対象の大きさによってどうするのかを決めるというのも良いかもしれませんね。

猫好きのジェラシーめらめら

私は猫を飼っています。とても甘えん坊だけど、人見知りで、知らない人にはなかなか触らせない用心深い子です。癒えに遊びに来た友人たちでも、なかなか触らせてもらえず「今度はおやつ持参でくる!」と意気込んで何度も通ってくれる子も居るほどです。何度か来てくれる人は、さすがに覚えるのか慣れるのか自分から近くに寄っていったり撫でても逃げなかったりするので、「お許しが出た」と大はしゃぎです。そんな中、一人の友人が遊びに来たときに椅子に座っていたら、足元へ来て一声鳴き、友人が顔を覗き込むと伸び上がってひざに乗ろうとしたらしいのです。あわててひざに乗せていた本をどけて抱え上げてくれたらしいのですが、実はこの「抱っこ催促」は私にしかやったことが無かったんです。その友人はここのところうちによく遊びに来ては泊まっていくので、ほぼ一緒に住んでいるようなものと認識したのかもしれません。でも、今まで私にしかやらなかったのに・・・とちょっとジェラシー(笑)でも、抱っこされてみたもののちょっと違ったのか、すぐにひざから降りてしまったと悲しそうに言っている友人と、その後すぐ私の足元へ来て鳴いた猫を見て、やっぱり私が一番なんだなと再確認してにんまりしました(笑)

形見分けでもらった本

私の祖父は大の本好きで、私が小さい頃はよく吉川英治の小説を読んでいました。近所の本屋さんでかけてもらった抹茶色の紙のブックカバーの背表紙に、小さい文字でタイトルと巻数を書いたものを大切にかけて、何度も何度も同じ作品を読み返していました。
私が中学生になって、祖父と同じように読書が好きな子供に育った頃には祖父は目が悪くて細かい文字を読むのが辛いと言って、あまり小説を読むことはなくなってしまいました。それでも子供向けの昔話や童話の本を読むようになり、近くの児童館で読み聞かせのボランティアなどをしていました。
そんな祖父も数年前に亡くなり、私は形見分けに祖父の本を何冊かもらいました。叔母のうっかりで本の大半は捨てられてしまったようなのですが、幸いに残っていたものを分けてもらうことが出来ました。そっと匂いを嗅ぐと、祖父の吸っていた煙草のにおいが優しく香ります。
もっと、本の話をしてみたかった。祖父が好きな作品を読んで、私も同じ目線で話がしてみたかった。今となっては叶わないことですが、きっとここが好きだったんじゃないかな、ここを読んでやっぱり泣いたんだろうか、なんて想像をしながら読んでいます。いつか、祖父が持っていた小説を覚えている限りで集めなおしたいです。

蔵書家にとって本棚の整理は欠かせないので定期的に

本が好きな人は読書家と言いますが、読むのも好きだけど本を家に並べるのが好きな人のことを蔵書家と呼びます。本が並んでいるのを見たりするのが好きな収集家とも言えるのですが、もしもこのようなことが好きなのであれば、あまり本棚は放置しないことをオススメします。本棚に好き勝手に本を入れていって、それをしばらくの間、放置してしまうようなことがあると、すぐさまどこに何の本が置いてあるのかわからなくなってしまうものです。また、本棚に入れていればまだいいほうで、床などにどんどん平積みにしてしまったり、ダンボールなどにどんどん放り込んでしまうような形で本を溜め込んでいるような場合には、しばらく放置してしまったら、わけがわからない状態になってしまうものです。そのため、蔵書家としての自覚があるようであれば、本は定期的に整理をするように心がけましょう。たとえ月に一度ぐらいのペースでも整理する癖をつけておけば、そこまでグチャグチャにはならないはずですから、このような整理のペースというものを自分なりに考えておきましょう。そして、そのような頻度を決めたら、あとはひたすら守るようにしましょう。それを守らないとあとで大変なことになるのです。

新しく近所にできた本屋さんはとりあえずチェックしよう

家の近所や職場の近所にある本屋さんは以前からあって慣れ親しんでいるものも多いとは思いますが、中には新しくできる本屋さんもあります。本屋さんが入れ替わるのではなく、慣れ親しんだものにプラスして新たな本屋さんが出来た場合、慣れているほうに行けば問題がないと思い、新しいほうには興味がわかないこともありますが、やはりそのような本屋さんもチェックをしておくべきです。勝手な想像ではありますが、同じ地域にいくつもの同じような本屋さんができるケースは少なく、既存の本屋さんとは違った新たなテーマなどで営業する可能性が高いからです。同じような商品の扱いであれば、あまり魅力はないもののまったく違った本が置かれるような本屋さんならば、覗いてみる価値は十分にあると言えますので、そのような本屋さんをチェックしてみてください。もちろん、言われなくてもチェックするという人もいるでしょうが、あまりに既存の本屋さんがお気に入りだったりすると、新しい本屋さんにはなかなか足が向かないという場合もあるかもしれませんので、どのような本が並べてあるのかだけでも、まずは一度覗きに出かけてみて、たくさんの本と出会うことをオススメします。