夕焼けを見に

急に夕焼けを見たくなった日がありました。原因はその時読んでいた青春小説のせい。主人公とヒロインが再会を果たすシーンの背景が夕焼け空でした。この説明だけだと、ごくごくありふれたシーンのようですけれど、その作家独特のとても軽やかで美しい筆致で描写されていて、それはそれは素敵だったんです。遠い昔に忘れてきた何かを思い出させてくれるような……。
でも私、その地方の夕焼けの名所なんて知らなかったんですよね。スマートフォンで近隣の名所を検索してみると、すぐに口コミ情報が手に入りました。車に乗り込み、ナビに位置情報を入力して出発。1人でのんびりドライブも良いものです。好きな楽曲を流しながら、鼻歌交じりに午後の国道を走っていきました。幸いにしてその日の天気は晴れ。雲1つない晴天。運命を感じました。ちょっと風が強くて車体が若干揺れたりもしたのですが、そんな障害は屁でもないのです。目指すは高台の公園。
――で、いざ着いてみるとさすがはネット上で名所とされているだけのことはありました。カップルさんこんにちは。1人で来た身にはちょっと目の毒でした。じわじわと気温が下がってくるような時間帯だっただけに、身体も心も寒い寒い。でも、それに耐えたかいあって、とても素晴らしい夕焼けを目にすることができました。自然の雄大さを目の当たりにすると、些末なことがどうでもよくなりますね。ちょっと強がりも入ってますけど(笑)。楽しかったです。

小説から得られる癒し

心理描写が巧みな小説。一体どうやったらこんな繊細で克明な描写ができるのだろう、と思わずため息が出てしまうようなそれをコレクションすることが、最近のマイブームです。日常のささいな出来事をクローズアップしたものから、世界を揺るがす大事件を八面六臂の大活躍で解決するものに至るまで、「これは」というものを特定の書棚に詰めています。
内容の大筋はどうであれ、ちょっと憂鬱でセンシティブな気分になったときに読むと、何だか救われる気がするんですね。ささくれ立った心の襞を、時に優しく撫で、時に激しく揺さぶる……そんな小説たちです。まるで登場人物たちを始めとする全ての構成要素が、私の心に寄り添ってくれているような心地になるのです。うまく説明できないのですが。
小説を読むことで様々な世界や人生を追体験できる――と言った人がいます。心理描写が巧みな小説ならば、それだけリアリティのある感情を追体験させてくれる、といったところでしょうか。
【癒し】には自分の感情を【感じ切る】ことが必要不可欠だとも、どこかの心理学の本で読んだことがあります。もしかしたら私は、物語の力を借りることで、無意識のうちに封じ込めていたドロドロしたもの――押さえ切れなくなると気分を憂鬱にさせる――を解放してもらっているのかもしれません。

書店で鍛える直感力

ちょっとした待ち時間に小説を読んでいると、つい入りこみ過ぎてしまって、あっという間に時間が経ってしまうことがあります。待ち人が来ても、うれしいというよりはちょっと残念な気分になったり……。それだけ面白い小説に出会えたというのは、とても幸運なことですね。
最近、書店にはそういう【出会い】を求めて赴くことが多くなっています。買うものを予め決めていくのではなくて、目に付いたものから中身を確認して、気に入ったら購入。予算は設けません。私の財布が許す限り、天井知らず。
「本との出会いは一期一会」と何かのライフハック記事で読んだ覚えがあります。また今度買おう、などと言って後回しにしてしまうと、いざ購入しても以前ほど気分が盛り上がっていないから、集中力が落ちてしまうのだと。だから本は「欲しい!」と思ったときに買うべきなのだと。
おかげでちょっと家計が圧迫されているのですが、欲しい本を好きなだけ買って、その日のうちに読んでしまうというのはとても楽しいですし、気持ちがスッキリします。
あくまで【欲しい】本――に絞っていくと、何の収穫もない日から、やたらと買ってしまう日まで、波が生まれます。直感力が冴えている日は後者になることが多いですね。書棚に並べられているタイトルを眺めているだけでも、何となく肌に合いそうな本が分かります。直感力を鍛えるトレーニングにもなっているのかな、と思います。

お助け料は食べ放題

どうしても期日までに仕上げなければいけない仕事があったのですが、資料を探しに行く時間がない、ということがありました。単に私のスケジューリングミスというか、ギリギリにならないと仕事に手をつけない悪癖のせいだったのですけど。
そんなときに手を差しのべてくれたのが、学生時代からの友人。後で某ホテルの食べ放題をおごることを条件に、マイクロフィルムと化した古い小説のコピー等を含む資料を探してきてもらいました。さぞや面倒くさかったろうな、と思います。その彼女の労に報いるためなら、某ホテルの食べ放題くらい安いものですよ、ははは。
仕事が終わったあと、2人で連れ立って行ってきました。テレビで何度も紹介された場所だけに、予約を取るのは少し骨が折れました。
いざ入ってみるとテンションが上がりますね!イヤなことが終わった解放感と、滅多に行かないお高い食べ放題の元を取ろうと、色々食べました。お肉も海鮮もデザートも、どれもとってもおいしかったです!
ホテルを出る際、友人からものすごい笑顔で「また行こうね」と言われてしまったのですが、暗に(お前の金でな)という無言の圧力を感じました。助けられたのは事実なのですが、次はもうちょっとお助け料を下げてくれるとうれしいです。

寺子屋の学費

先日、友人が面白い話をしてくれました。江戸時代の寺子屋の話です。時代小説や時代劇などでおなじみですね。庶民の学校です。その数、全国で約15000。驚きですね。でも、別に義務教育だったわけではないのだとか。
平均就学率は70%から86%と、当時としては世界最高水準にあったそうです。識字率が上がり、本を読める人間が増えたことにより、文学史的にも非常に面白くなってくるのがこの時代なのだとか。
開講していた人々の多くは町人ですが、浪人などの武士もいましたし、女性教師も少ないながらも存在していたそうです。彼らはボランティア精神にあふれ、入学金や授業料等の徴収に関して、あまりシビアではなかったとか。
それでも申し訳ないから……と親たちが相談し合って出していた平均の金額が、200文から300文。現在の貨幣価値に換算して、約2万円。庶民の寺子屋での話ですので、これが大都市圏の巨大寺子屋となると、また話が違ってくるそうな。いつの時代も、親は子供の教育にお金を惜しまないものなのですね。
思えば私も、何かと手を掛けてもらった記憶があります。子供の頃読んでもらった絵本や昔話は、今でも宝物です。親との思い出、プライスレス。親のありがたさについて、しみじみと語り合った1日でした。

海のない海軍から思うこと

小説家の中には、かつて軍隊に所属していた人がおりますね。その体験にもとづいた作品は、そのリアリティが胸にグサリと突き刺さります。
ところで世界には、不思議な形態を持つ軍隊があります。南アメリカの、ボリビアという国の海軍がそうです。ボリビア自体は完全な内陸国で、海がありません。スペインの植民地だった時代には海があったのですが、隣国のチリと国境地帯の領有権を争って破れた結果、内陸国になってしまったという経緯のようです。
そして彼らは、海を失った後でも海軍を解体しませんでした。海で訓練することができないので、所属軍人たちはチチカカ湖やアマゾン川の支流で訓練しているのだとか。もちろんちゃんと活動していて、密輸や麻薬取引を防ぐため、日夜パトロールに励んでいるそうです。
もしこの奇妙な海軍から小説家が生まれたとしたら?海のない海軍での体験から、どんな小説が生まれるのか?不謹慎ではありますが、もし将来的にそのような小説が誕生したなら、読んでみたいと思ってしまいました。戦争を直接体験したことがない世代ならではの感覚なのかもしれませんね。今後の世界情勢次第では、そんなのんきなことも言っていられなくなるのかもしれませんが……。

それは多分、古代から続く防衛本能。ブランケットのぬくみ。

人間の本能として、背中ががら空きだと不安を感じる、というものがあるそうです。人間の目は顔に付いてますから、後ろは確認できませんよね。仕方なく振り向いて確認するとなると、今度は前が無防備になるというわけで。電車のロングシートで隅の席が埋まりやすかったり、待ち合わせ場所で壁を背にして立つのが当たり前だったり、異性に背中を抱いてもらうと安心する、というのはそういう本能に基づいているというわけですね。……異性に背中を抱いてもらうと安心するって、異性を盾にして安心してると思えなくもないですが。笑。まあそんなことはともかく。私も本能に忠実に、背中に何か支えがあると安心するタイプです。膝かけがあるとなおいいですね。本を読むときの必須アイテムです。夏はさらりとしたものを、冬はふかふかのあったかいものを。膝に何か掛かってると安心するんですよね。こたつも大好きです。案外これも人間の本能に基づいてるんじゃないの、と思わなくもなかったり。脚を傷つけられると逃げるのが難しくなりますからね!背中も脚も古代人の生活には大事です!……そんなことを思いながら歴史ものを読んで過ごしていました。

その男、奇抜なれども魅力あり。粘菌と南方熊楠。

粘菌。と聞いて思い浮かぶのはシャーレの中のアレ。昔流行ったケセランバサランみたいなアレ。北海道型の入れ物に入れておくこと、JRの路線図のような形に広がることで有名ですね。迷路を解くこともできるとか。頭いいな、粘菌。もしそこに石川雅之の『もやしもん』の主人公、沢木惣右衛門直保がいたら、粘菌はかわいいキャラクターとなって色々しゃべってくれたんだろうか……。そもそもなんでいきなり粘菌かというと、南方熊楠のエピソードを読んだから。粘菌研究でとても有名な人ですね。論文という形では表に出ていなくても、すばらしい研究結果を残しているのだとか。そしてとても記憶力がよく、破天荒な人だったそうですね。その二つ名は「歩く百科事典」。お金がないのでずっと書店で立ち読みしていたとか。そしてその本の一字一句を違えずに覚えていたとか。書店としては商売上がったりの嫌なやつですね。笑。そしてひどい癇癪持ちで、暴力沙汰を起こすこと数知れず。定職に就いたことはなく、お金を無心していた弟からは絶縁される。しかし友人は多く、無類の猫好き。関連書籍もたくさんあり、小説の登場人物のモデルになってもいるようです。実際に接するとなるとちょっと大変そうな人ですが、かくいう私も何だかもっとこの人のことを深く知りたいような……。ついでに粘菌にも興味が湧いてきたので、飼育キットが手に入るなら手に入れてみようかなと思います。

おいしいお茶でほっこり。カフェ読み小説。

大きなショッピングモールやショッピングセンターだと、書店やカフェが当たり前のようにテナントに入っていますよね。書店の中にカフェが併設されているところも増えてきて、選書のあとはゆっくり休みたい自分としては、ありがたい限りです。特に選書に時間を掛けた日などは、足が痛くて痛くて……カフェの店内が混んでいなければ、さっそく買ったばかりの本を読みます。飲み物や軽食をテーブルにセットし、いざや、とばかりに本を開く瞬間は、まさに至福。お店の迷惑にならないよう、時々周りを見まわしつつ、読みます。お茶はおいしいし、そこらじゅうお茶やお菓子のいい匂いがしているし、椅子の座り心地はいいし、ロマンティックなBGMは気持ちをリラックスさせてくれるしで、もう最高!糖分が足りなくなったら、すぐに追加注文できるのがいいですね。集中力が続きます。ノートパソコンを開いて仕事をしている人や、勉強している人も見かけますね。私と同じように本を読んでいる人も……。そういう人を見かける度、心のなかで同士よ!と叫んでいます。笑。やっぱりカフェの居心地っていいですよね。必要以上に長居しすぎないよう気をつけつつ、活用していきたいと思っています。

聞いたこともない名前の神話を探して

ここ数年、「クトゥルフ神話」という名前を目にします。アニメにもなったライトノベルのキャラクターがその神話を元に作られているとか…私はどっちも見たことも読んだこともないのでわからないのですが、もともと日本の神様の話やケルトもギリシャも神話と名のつくものには興味津々な私なので、まだ私の知らない神話があったなんて!とわくわくして図書館へ行ってみました。神話に関する本ってまとめておいてあることが多いんですが、探しても探しても見つからない…。司書の方にも聞いてみたんですが、年配の方だったにもかかわらず聞いたことがないと…。これは一体全体?とクエスチョンマークを浮かべたまま帰宅しました。
家に帰ってからネットで調べてみると、どうやらこの神話はそもそも創作なんだそうです。ラブクラフトという小説家さんが、お友達の他の作家さんたちと一緒に「こんな神様いたらすごくない!?」「いやいや、俺の作ったこいつの方が最強だから!」という子供みたいなやり取りの中で作り上げたものだというのですから、何ともかわいらしい(笑)でも、登場する神様はかわいらしいとは縁遠いヴィジュアルをされていて、何とも恐ろしい…。いろんなまとめサイトができていましたが、見れば見るほど混乱してしまいました。いろいろ本も出ているそうなので、ネットでお勧めされていたものを探してみようかと思っています。見つかるといいなあ…。